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白日の下で  緒方ゆうか Official Blog Site

イエメンより帰国し念願の日本ライフを楽しんでいます 読んだ事、考えた事などアップしますのであなたの考えも聞かせて下さい。 国連開発計画イエメン事務所で勤務中に書きはじめ、帰国して医学部受験勉強、2015年5月1日からは熊本市議会議員の悲喜交々を綴り中

出張

9月22(土),23(日)日はムカッラというイエメン南東部の沿岸の町に出張した。モニタリングなどなどのため、忙しくてもフィールドに定期的に行くという目標を立てたため、スケジュールは立て込んでいたが、半分無理やり決行した。2日と短期間ではあったが充実した内容だったと思う。

これまで一度もフィールドに出かけたことのない、Monitoring and Support Unitの同僚に同行してもらい、物品の管理状況、お金の管理などについて調査した。

ムカッラは非常に暑く、サナアでの断食よりも数倍難しそうだった。お昼は暑く、汗をかくのに水分は取れない。私はイスラム教徒ではないため、日中はお水を飲ませてもらったが、昼食はレストランも開いていないため、フルーツ程度ですませるしかなかった。

これからこの出張に関する報告書を同僚といっしょに完成させなければならない。

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  1. 2007/09/23(日) 23:13:59|
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イフタール

今日は職場の同僚の女性宅に招待され(つまり、招待されるのも女性のみ)、イフタール(その日の断食をやめ、水分と食べ物をとること)の夕食を頂いた。職場に20名ほどの女性がいると思うが、今日は全部で10名弱だった。6時ごろ集合だったので、普段から考えると8時ごろにはお開きになるのかと思いきや、9時になっても帰る人はおらず、やっと夜10時になって「明日仕事だから」、と立ち上がった人がいたので、私もおいとますることができた。ラマダンでイエメン社会全体が夜更かしになっているので(お店も昼夜逆転の回転時間になっている)、その時間でもまだまだ皆残っていた。

おいしい手料理、たくさんのお茶、イスラームや仏教についての話し、それぞれの文化の話しなどなど楽しい夜を過ごさせていただきました。

  1. 2007/09/21(金) 23:35:53|
  2. イエメンの(非)日常|
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Signing Ceremony

DSCF0178.jpg


今日はやっとECとの署名がすみ、晴れて2百万ユーロ(3億円ほど)が地雷除去プロジェクト・フェーズ3に正式にはいることとなった。ECから署名式をやりたいとの申し入れが入ったのが2日ほど前だったため、準備が大変だったが、無事済んでよかった。あとは、早く、実際にお金が銀行に入るようにフォロー・アップをしていこう。

これで今年の慢性的資金不足は解消されるが、今度は今年以内に予定した活動をすべて実施し、お金を使うのに急がねばならない。

  1. 2007/09/19(水) 23:20:12|
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映画 “Babel” (邦題:バベル)

Babel


「世界中の人々はつながっており、知らず知らずのうちにふれあい、影響を与え合っている。」最近こういうテーマの映画が増えてきているようだ。そのように感じる人が増えてきているのだろう。

「バベル」で描かれる舞台はアメリカ、メキシコ、日本、モロッコ。まったく違う場所と文化の人々が数奇につながり、影響を与え合っている。

つまらないメンツと政治によって人命が翻弄される。もちろん「テロリスト」の仕業だと言いがかりをつけているのはアメリカ。監督がアメリカ人だからか、アメリカ社会の歪み、移民のリアリティ、正直者がばかをみるようなアメリカ社会のシステムが描かれている。ここで強く描かれているのは、「お金よりも何よりも家族が大切だ」ということだ。違法滞在のメキシコ人中年女性は、意に反して強制退去になったが、最後には家族との再会が待っていた。自分にとって大切なものを優先させた結果、家族の元に返る結論となった。

先進国の代表として日本が描かれている。日本の高校生の生活、発達した携帯電話、クスリの乱用、クラブなどなど。そして、たとえようもない孤独感と静けさの中に生きるティーンネイジャー「チエコ」。どこの家庭にもあるように、十代の子供と親の間のコミュニケーションは難しく、彼女が口を聞けないのがそれをデフォルメしている。

一方、途上国の代表としてモロッコの僻地にある村が舞台になっている。

この映画から以下のようなメッセージを感じる。「どんなに物質的なものが変わったとしても、どんなに時が流れたとしても、どんな場所にあったとしても”Essence of Life”または「人にとって大切なもの」は変わらない。」

日本人の女子高生が口を利けないのは、一見ハンディ・キャップのように思えるかもしれないが、コミュニケーションの手段は話すことだけじゃない。彼女の書いた手紙は警部の心に届いた。さらに、口の聞けない「チエコ」がやっと素直になって心を開き、お父さんの手をぎゅうっと握り締めることによって、やっと父娘が通じ合えた。これが映画の一番最後のしめくくりだということに大きな意味がある。

そこへ「バベル」という題名が生きてくる。「バベルの塔」の話によると、人間が結託して神に対抗しないように神が人間の話すことばを数百数千にも分けたという。しかし、この映画は問いかける、「ことばを使わなくても通じるものはあるんじゃないか。同じ人間同士裸になって、心さえ開き合えば。。。」

以上、私はこんなふうに感じました。あなたは?


  1. 2007/09/18(火) 23:48:36|
  2. 映画批評・感想|
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トルコ徹底研究(1週間の滞在にもとづく)2.女性

Working Lady

[スカーフで髪を隠している若い女性もレストランで働く。ランチタイムで大忙し。]


トルコ人女性VSイエメン人女性徹底比較

前述したが、トルコ人の大部分はイスラム教徒である。だから、女性の大部分もイスラム教徒である。でも、一見したところイスラム教徒には見えない。なぜなら、トルコ人女性のマジョリティは髪も体も隠していないからだ。もちろん洋服は着ているけれども、体のラインを隠すような服装をしている人は少ない。その逆で、私が行った時はまだ暑かったため、特にイスタンブールでは上はタンクトップ一枚というかなりの露出度の人が多かった。イエメンではもちろんどんなに暑くても上から下まで真っ黒にすっぽり包まれている。首都のサナアでは若い女の子がカラフルなスカーフを巻き顔を隠していない子も若干いるが、やはりマジョリティは黒ずくめである。以前イエメン人のお宅におじゃましている時、暑い外から黒ずくめの女性が入ってきて、女性だけの部屋に入ってきて顔を隠す布をぱっとめくりあげたとき、汗とお化粧がまざりあって大変なことになっていたのを思い出す。

トルコでこのような黒ずくめの女性は1週間で3人だけ目撃した。トルコでは、マイノリティではあるが、髪を隠している女性たちもいる。でも、黒ずくめでは決してなく、目の覚めるようなはではでなスカーフにパンツ・スーツといったようないでたちだ。このような子達はトルコでは保守的な部類に入るのかもしれないが、イエメンのスタンダードからいったら比べ物にならない。

Woman Makes Bread

[観光客相手にパンを焼く女性。写真撮影もオーケー。]

イエメンでは女性の喫煙はタブーだ。外でタバコをすっているイエメン人女性を見ることはありえない。もし、万が一吸う事があっても家で隠れて吸っている。しかし、トルコにおいては、スカーフのままくわえタバコの女性を多く見かけた。若い女性の喫煙は世界的に増えているのかもしれない。

イスラムによると、未婚の男女が二人きりになると、そこにもう一人悪魔のようなものが一緒にいるという。だから二人っきりになってはいけない。何か間違いが起こるかもしれない。しかし、トルコではこのようにスカーフをした子もしていない子も男の子と二人きりでいるだけでなく、いちゃいちゃしている。

イエメンでは女性は写真を撮られることをきらう。もちろん黒ずくめでも。かたや、トルコではスカーフを被った女性と男性のカップルが肩を抱き合って携帯で自分たちの写真を撮ったりしている。

イエメンでは女性はサービス業に従事していない。レストランに行っても、カフェに行っても、旅行会社にいっても、いるのは男ばかり。外国人向けのホテルやレストランなどで働いている女性は、エチオピア人かフィリピン人だ。私の行く銀行には、午前中行くと女性スタッフが1,2名いるが、午後以降は男ばかりになる。日本では女性が多いお店のレジもイエメンでは男ばかりだ。つまり、イエメンでは女性は外では見えない存在、基本的に外をうろつかない、つまり、女性の場所は「外」ではなく「内」なのだ。

Ferry Port

[プリンス島]

イスタンブールから船に乗って島に行く途中、年配の女性に話しかけられた。話していることはほとんど分からなかったが、イラク出身だということだけは分かった。白い布で髪を隠し、あごの下でとめており、体がすっぽり隠れる薄いモスグリーンのコートのようなものを着ていた。ことばは分からなかったけど、彼女は、階段に腰掛けいちゃついている十代と見受けられる若い男女を指差し、「まったく困ったものだ」というように首をふり、私に同意を求めていた。極端に抑圧された社会からきてみると、「それもまた若いって事でいいんじゃないでしょうか?」と思ってしまうが、もしことばが通じていたならそのイラク人女性に私もお説教をされていたに違いない。


  1. 2007/09/16(日) 23:04:25|
  2. 旅行|
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停電の夜に

Candle and Picture


ほぼ毎日のように停電が起きるイエメンにあって、家の近所は他地域ほど停電が起きない。去年イエメンに来て、やっと3ヶ月がたったころ初めて家で停電が起きた。その間友人の家では何度も停電していた。

ここ最近朝停電していることに気づくことが多かったけれども、今日は夜停電した。普段は20~30分ほどですぐ回復するのだけれども今日は1時間強ほど停電していた。こちらにきてからロウソクを常備するようになった。昔は日本でも家にロウソクを常備していたなとふと思い出す。

日本で電気がある夜にもろうそくの灯りで食卓を囲んでみたい。


  1. 2007/09/12(水) 05:39:22|
  2. イエメンの(非)日常|
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トルコ徹底研究(1週間の滞在経験にもとづく) 1.ことば

Cay

〔Cの下にひげのようなものがつくとチュの破裂音になり、CAYは「チャイ」と読み「お茶」を意味する〕

1.トルコ語VSアラビア語徹底比較
はじめにトルコ語を聞いた印象は、ロシア語を若干やさしくした感じ。~チェ、~シュなどの音が多く、ロシア語っぽく聞こえる。かっぷくのいいトルコ人がロシア語っぽい強い響きのことばを話しているととても迫力がある。だから女性も話し出すと強い印象を受ける。
さらによく聞いていると、抑揚のないアクセント+終わりが「ヨ」のときは韓国語に聞こえる場合もよくあった。
音を聞くとロシア語っぽいのだが、アラビア語とまったく同じ語も多数あった。
「タマーム(OK、グッドなどの意味)」
「ジャザル(人参)」
イスラム教由来や神関係のことばはほぼ一緒だと考えられる。
「アッサラーム ワアレイコム」
「インシャ アッラー」などまったく同じだった。
ただし、イエメンでは”hello!”のように挨拶として常に使われる「アッサラーム ワアレイコム」はトルコでは「イスラム教徒間での挨拶」として説明されていた。その代わり、トルコでは「マルハバ!」ということばが外国人やイスラム教徒でない人への挨拶として使われていた。これにそっくりの「マルハバン」はアラビア語でWelcome!を意味し挨拶の一環として使われる。
アラビア語で本を「キターブ」というが、イスタンブールで本を購入した本屋さんの袋には”KITABEVI”と書いてある。
アラビア語でセンターを「マルカズ」というがMerkezという語をよく見かけた。
トルコ語でお茶をチャイ、アラビア語ではシャイと呼ぶ。ただし、「お茶」を表す語には一つ思うところがある。

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  1. 2007/09/11(火) 05:42:32|
  2. 旅行|
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トルコ

Sunset in Istanbul

[イスタンブールのとある通りに沈む夕日]

5日間休みを取って、1週間だけトルコに行ってきました。寛大な友人がトルコ行きの航空券をお誕生日にくれたのです。トルコ人のマジョリティはイスラム教徒のはずですが、話には聞いていたものの、イエメンとの違いに驚愕です。非イスラム圏出身の私としては大変居心地が良かったですが。好きな格好をして街を気の向くままにぶらぶらするというような、自分にとっては当たり前のことができて、1週間の終わりには大変名残惜しかったです。イエメンでは家をでるときはやはり服装を気にするし、サナアは街というようなつくりではないし、すれ違う人々は常に「中国人!」などと叫んでくるし、ホコリ、ごみ、車、人々でカオスな通りをストレスフリーで歩くのは難しいようです。普段は特に気にしていないのですが、楽なところにいくとこちらの環境がやはり自分にとって慣れている環境とは随分違い、知らずにストレスを受けていることに気づきます。もちろん、大きな町に長くいれば、それもまたストレスになるのでしょうが。(東京みたいに)

1週間いなかったら仕事がたまっていて、キャッチアップしようと取り組み中です。


  1. 2007/09/09(日) 23:04:46|
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